2012年6月4日月曜日

追悼 現代マンガ図書館館長 内記稔夫さん


現代マンガ図書館開館三十周年記念パーティが
平成20年11月1日(土)
リーガロイヤルホテル東京にて開催されました。

呼び掛け人は、ちばてつや モンキー・パンチ バロン吉元
みなもと太郎 牧野圭一 水野英子 わたなべまさこ
夏目房之介 呉智英 中野晴行 藤本由香里 秋田孝宏
大竹正春 田中雅規 長沼卓司 桐生清人 森田弘和
(順不同敬称略)

多数の来場者のため午後6時30分の予定を繰り上げ開場。
主催者発表では278名の参加者とのこと。
予定以上の来場者のため、司会者が紹介され宴席が開始する頃には
用意された宴席のご馳走も完食状態でした。
       
東京読書普及商業協同組合 元理事長
田中雅規氏の挨拶で、開館三十周年記念パーティのはじまりです。


30年前みなさんは、どこで、何をしていましたか?
まだ生まれていない方もいるようですね。
内記さんと僕たちは‥‥。

夢にまで見ていたマンガの資料館が誕生しました。
1978年昭和53年11月1日、
『現代マンガ図書館ーナイキコレクションー』と名づけられて‥‥

内記さんは、若い頃から常に「マンガ博物館」設立の夢を
持ち続けてきたといいます。昭和51年の春、評論家の
石子順造氏との出会いで、その夢は急速に現実に近いものとなります。
高円寺の貸本屋大竹文庫を営む大竹正春氏を交えての
「マンガ資料館」作りの話しで夜明かししたことも
たびたびだったといいます。

「大竹さん、ぼくは元気になったら必ずやりますからネ。」
ー いったい、どのくらいの大きさの資料館をつくりたいのかネ。
それなら藤枝のぼくの家の近くに手頃の売地があるから、
君、いっしょに買わないか。それはともかく、中央線沿線でどこか
貸家を探してくれないか。ぼくの仕事部屋は屋根裏でもいいから、
そこをまず資料館にしよう。家賃は、ぼくがだすヨ。

9月、その足がかりとして「貸本文化研究会」が発足しましたが、
石子氏は同会創立総会を前にして病の床に伏され、
翌年7月帰らぬ人となりました。
このため資料館設立は、いっときの夢と消えたかに見えました。
昭和53年7月9日前年5月に新装オープンした「ナイキ漫画館」の
店舗見学会のあと、内記さんからビッグニュースがもたらされました。

ー昨年3月「ビルデンス・ナイキ」が竣工したんだ。
その2階を「マンガ資料館」にしようと思う。
一同勇躍「ビルデンス・ナイキ」の2階へと足を運びました。

7月16日「マンガ資料館」設立準備のための打合せ会が持たれました。
参加者は桜井昌一氏をはじめ11名でした。座は談論風発、
資料整理の具体的な話からマンガ論にまでおよび、
またたく間に時は過ぎました。決まったことは、
1 マンガの整理は週3日、水・金・日曜とし、
時間は午後1時から同10時までとする。
1 内記さんのほかには奥野保則氏が中心となって整理を進めてもらい、
参加者はその間の自由な時間にお手伝いいただくこと。
1 図書館の名称を『現代マンガ図書館ーナイキコレクション』とすること。
1 開館は秋の読書週間の期間中にしたいなどでした。
こうして「ビルデンス・ナイキ」の2階を「マンガ図書館」
とすることが決まり11月1日の開館を目標に準備活動に入りました。

図書館でのマンガ整理と並行して、都内数ヶ所に分散してあった本の
運搬と整理が、例年にない猛暑の中で進められました。
最後の一ヶ所は、マンガの宝庫ともいうべき、南長崎のナイキ書房。
それにしてもいったいこれだけの本がどこにあったのかと思われるほど、
次から次へと出てくるおびただしい数のマンガ、マンガ、またマンガの山。
二階のふた間から、押入れから、居間の本棚のそのまた奥から‥‥。
ナイキ書房のどこかが異次元空間に通じていて、
きっとそこから本が出てくるのだと思えてくるほどでした。
本の整理がすべて済んだのが9月の上旬。内記さんみずからが車を運転し
なんと2トン積みトラック6台分を超えるマンガ本が
図書館に運び込まれたことになります。
ようやく一堂に会することができたマンガ単行本、雑誌の数々、
その一冊一冊に内記さんの思いがこもります。
壁面にスチール製の本棚が据えつけられ、運び込まれた2台の扇風機も
フル回転。分類整理、カード書きと、するべき仕事は山ほどあります。

10月1日の毎日新聞に『現代マンガ図書館』の記事が掲載されてからは、
全国各地からの問い合わせの電話や手紙が殺到し、
また協力希望者が多数押しかけ、図書館は一層賑やかになりました。

いよいよ日も押し詰まり、週に1、2度の手伝いのつもりが、
家との往復時間がもったいないと、内記さんのお宅にご厄介に
なるようになり、しまいにはいったいどちらが我が家なのか
わからなくなる始末。

開館日に先立つ3日間の開館記念マンガ即売展も大盛況の内
終了しましたが、参加してくださった酒井十四男氏をはじめ、
開館を明日にひかえ、前夜遅くまでおそくまでお手伝いくださった
多くの方々のおかげで、閲覧室いっぱいに並べられていた
マンガ本の山も、見る見るうちに整理されていきました。
その後さらに残って徹夜の態勢に入った面々は、
奥様の手料理でたっぷりと栄養をとりました。

ー 館長、大丈夫ですか?
連日の睡眠不足で、手にした煙草の灰が落ちるのもまるで気づかず、
知らず知らず眠ってしまうほど疲労困憊していた内記さんも、
しばし食卓を囲んでのマンガにまつわる思い出話に
疲れを忘れたひとときでした。深夜3時、今夜も徹夜せんと
頑張っていた内記さんに、少しでも睡眠をとってもらわなくてはと、
無理やり階上に追いやりました。『現代マンガ図書館』開館という晴れの日に、
寝ぼけまなこに無精ひげの館長ではまるでさまになりませんから。

ー みんな、おはよう!
ー おはようございます館長!
そして迎えた朝、すがすがしい顔で内記さんが閲覧室に現れた時には、
利用案内のポスターが貼られ、
入口に貸本文化研究会からのくす玉が飾られ‥‥。
かくして『現代マンガ図書館ーナイキコレクション』は誕生しました。
当日は桜井昌一氏をはじめ、多数の方々がお祝いに駆けつけてくださいました。
そして、11月3日の文化の日には、
なんと館長あこがれの、手塚治虫氏が来館されるなど、
内記さんはもとよりお手伝いの方々の感激もひとしおでした。

あれから30年 2008年平成20年11月1日
本日お越しのみなさんをはじめたくさんの方々に支えられ、
より充実しパワーアップした
『現代マンガ図書館ーナイキコレクションー』がここにあります。
みなさん本当にありがとうございます。
そして内記稔夫館長 おめでとうございます。

山岸涼子さんはじめ、沢山の漫画家、イラストレーターの方々、
評論家、出版社、取次関係、そして、内記さんの友人、町内会の人々で
会場は熱気一杯でした。


現代マンガ図書館開館三十周年記念パーティでのお話です。
2012年6月1日午後6時31分、
肺炎のため東京都小平市の病院にて永眠、74歳。
ここに謹んで、内記稔夫さんのご冥福をお祈り申し上げます。

ようこそ!街のふるほんや『本のある暮らし』へ Part.36

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